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講師のつぶやき

プラトンの弟子

こんにちは!!
s-Live東京つつじが丘校の宮岡です!!

 

前回の記事では、プラトンがイデアという概念を生み出し、
それにより、物事の本質をいわば究極の「抽象」においていくということをお話しました。

 

まさにアリストテレスの求めた、真理をさらに論理的に追い求めた形ですね。

 

アリストテレスの下に多くの弟子がいたように、プラトンにも多くの弟子がいました。

 

また、アリストテレスはアカデメイア(大学)というものをつくり、多くの若者の育成に当たっていたため、多くの優秀な人物が育ちます。

 

その中でも、もっとも有名な人物は間違いなくアリストテレスでしょう。

 

ソクラテスは、アテネから一歩も外に出ない人でした。
愛国心の塊のような人物です。

 

その弟子のプラトンは、ソクラテスが死刑の判決を受けて以降、しきりにアテネの外へ出るようになりました。

 

そのまた弟子のプラトンは、スケダイロスからアテネへ来て、その後も故郷からは外れたところでも活躍することの多い人物だったようです。

 

また、彼の出身地であるスケダイロスという都市国家はマケドニアの支配化にあった地でした。

 

このマケドニアという国は、後にアレクサンドロス大王が出ることからもわかるとおり、非常に強力な国家で、アテネやスパルタといった都市国家を征服していき、ギリシアをほぼ統一したことでも知られています。

 

そのため、ギリシアの様々な都市国家を渡り歩くことも容易だった半面、
多くの地で「支配民族」であることが足かせになっていき、
アレクサンドロスの死後は、アテネから立ち去ることを余儀なくされています。

 

このように、ここまで続いてきた師匠たちとはまったく異なる人生を歩んできたアリストテレスは、どのような「哲学」を見出すのでしょうか。

 

次回の私の担当で、そこのお話をさせていただこうと思います。