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お知らせ
人間万事 塞翁が馬
こんにちは。
s-Live東京つつじが丘校の宮岡です。
現在の先進国というと、どのあたりの国を思い浮かべますか?
多くの人は西欧や、アメリカ、カナダ、オーストラリア、そして日本、韓国、
人によってはそこへ中国を加えて、
白人国家+東アジアという認識でいると思います。
ではなぜ、これらの国は先進国になれたのでしょうか。
現在の先進国の認識のためには、近代の認識がとても重要になります。
近代の世界史の主役は、やはり西欧諸国です。
地球上のほぼ全ての地域が西欧の植民地になったことは言うまでも無く、
西欧が世界の中で最も豊かであった時代でした。
西欧諸国に対抗できた国というと、当時はアメリカと日本ぐらいで、
アメリカはご存知のとおり、白人国家でした。
では、彼らはなぜ世界で最も豊かな国家をつくれたのでしょうか。
もちろん産業革命や資本主義の導入成功などの細かい優位の積み重ねという部分ももちろんあります。
ですが、最も大きい部分は国民国家の建設に成功したことだと思います。
国民国家とは、一つの国には一つの民族がいるという考え方です。
これは裏を返せば、同じ民族は味方、異なる民族は敵ということです。
その際、基準となったのは近代初期は言語、近代後期は血統でした。
近代以前に隆盛を極めていたオーストリア帝国、ロシア帝国、オスマン帝国などは、全て多民族で構成された国家でした。
領土を拡大していく以上、支配者と異なる民族を支配していくのは必然です。
そして多民族の何がまずかったかというと、戦争に勝ちにくくなってしまうところです。
現に、第一次世界大戦以降、上に挙げた帝国はきれいさっぱり消え去ります。
こういうと、「植民地は?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
植民地は完全に別の国です。 別の国に対して方針を全て思いのままにできるという仕組みです。
現代で言う日本とアメリカは別の国ですが、アメリカの指示をいろいろな場面で受けざるを得ない関係になっています。
もちろん、植民地は現代の日本以上に介入を受けるわけですが、関係性としては似ています。
話をもどすと、「言語・文化の違いがあると仲間ではない」という認識が
世界中に広まったため、民族ごとに国を分けていた西欧は
世界の覇権を握ることが出来ました。
そして、かつて植民地だった国は植民地の区分のまま独立していくことが
多かったため、多くの国は多民族国家となっていきます。
そのため、独立後の内戦が非常に多く、中にはインドとパキスタンのように、
分離独立したケースも少なくありません。
また、ベトナムや朝鮮のように、単一民族国家として独立できた国は、
単一民族であることから付け入る隙が少なく、
仲間にしてしまえば強力なパートナーになりうるからです。
この様にかつての植民地だった国は、独立以降も西欧やアメリカ、ソ連などの大国の意図によって翻弄されていく時代が続きます。
しかし、現在、その様子は様変わりしてきました。
ソ連崩壊以降、大国同士での緊張はかなり軽減しました。
その結果、かつては介入を受け続けてきた多民族国家が、
民族の垣根を越えてまとまれるようになってきました。
現在の東南アジアのやインドの経済発展は、かつて自分たちを支配していた宗主国の言葉である英語・フランス語を駆使して、その安価な人件費を武器に成長してきました。
また、多民族国家であることから、グローバル化とは非常に相性がいい国民性です。
もともと、考え方の全く異なる人たちと生活しているため、
世界中の人たちとのコミュニケーションもなれたものです。
また、自らの利益を確保しなくては、日々の生活が厳しかったという歴史的背景からも、他人に譲るところは譲るが、自分の利益も確保するという考えが自然と身についているそうです。
日本でもグローバル化の重要性が叫ばれていますが、現状英語を早くやる程度の内容です。
これは根本的なグローバルで活躍できる人材育成になっているのでしょうか。
疑問を感じずにはいられません。